次の日、恐ろしい痛みは過ぎたものの、起き上がれない私に看護婦が上から目線で、運動しなさい、呼吸練習機で肺を正常にしなさい、ガスを出しなさい、などとあれこれ指示され、ちょっとムッ。
起き上がるなんてレベルの痛さじゃないのに「運動しないとダメでしょ!」などと叱られ、またまたムッ。
しかも担当の看護婦が何人もいるので、そのすべてに同じ事を言われるので、さらにムーーーーーッッッ!!!
痛さを我慢してるだけでも大変なのに、それでもがんばろうと、もがいてる患者に「もっとやんなさい。
どうしてやらないんですか。」とは、どういう了見か!(−"−怒)てめぇら(ああ、言葉がスラング化…)
まあ韓国語ってそういう風に聞こえるんですが、しかしこういう時はやたらムカつきます。
さてこの日の午後、6人部屋が空いたとのことで移動になりました。言い忘れましたが、韓国では入院には付き添いが必須です。
なので、6人部屋といってもこの広さ。付添人のベットは必ず付属しています。
付き添いが必須なのには2つ理由があると思います。
まずは韓国の文化に、“ひとり”で何かをするという習慣がないこと。
だから韓国人は食事も大人数。何をするにも誰かと行動します。
そんな文化が根底にあるので、端から看護婦の仕事に介護的な仕事(食事やトイレ、衛生面などの世話)は入っていません。
3Kと言われている、日本の看護婦さんが聞いたら泣きそうなこの現実。
韓国の看護婦って楽だなぁ〜(申し訳ないけど、そう思います。)
例えば韓国で一家の大黒柱、お父さんが倒れたら。
奥さんか親戚の誰かが付き添わなければなりません。
もし奥さんが働いていて、親戚にも手伝える人がいなければ…介護人を雇わなければなりません。
韓国の医療システムは、経済的にも精神的にも大きな負担になります。
簡単に言えば、貧乏人は病気をするなということです。
日本の医療システムや福祉は、世界的にも優れているのだとつくづく感じます。
しかしながら、この付添人制度はシステムとしては致命的ですが、人間的に考えれば当たり前のような気もします。
家族の誰かが苦しんでいるのに病院に任せっきりにする、そんな冷たい人間関係が普通だと言える現代社会…。
これは深く考えなければならない、重要な問題のような気がするのです。
つづく…